知夫(ちぶ)への愛が止まらない!| 教育魅力化コーディネーター対談・宮野準也×竹村ふみ
島根県の隠岐諸島にある人口600人の村、知夫。同じ隠岐島前地域の西ノ島、海士ともまた違う、ユニークな個性あふれる島との噂です。
初代知夫村教育魅力化コーディネーターの宮野準也と2代目の竹村ふみのお二人に、知られざる知夫の魅力についてゆる〜くあつ〜く語ってもらいました。
聞き手:魅力化スタッフ 浅井・中根
話者紹介
宮野準也
1987年生まれ。静岡県浜松市出身。2014年8月に海士町へ移住。海士町にある隠岐島前高校と連携した公立塾・隠岐國学習センターのスタッフを1年半勤めた後、2016年より知夫村の教育魅力化プロジェクトの初代コーディネーターとして知夫へ。知夫の小中学校で島外の生徒の受け入れる「島留学」事業の立ち上げに奔走し、4年知夫で活動したのち、再び海士町へ。現在は隠岐島前教育魅力化プロジェクトのプロジェクトリーダー兼隠岐島前高校コーディネーター。好きな食べ物は、唐揚げ。
竹村ふみ
1993年生まれ。兵庫県伊丹市出身。大学卒業後、岐阜県に移住し、NPO職員としてまちづくりや高校生のキャリア教育に関わる。2018年3月に知夫村に移住し、島留学生の暮らすはぐくみ寮でハウスマスターとして1年間務める。その後、2代目知夫村教育魅力化コーディネーターとして引き続き知夫村で働く。島留学事業運営や小中学校のふるさと教育、放課後学習などに携わる。好きな動物は、うさぎ。
住んで見えた、知夫っぽさ
ー実際に住み始めてみて、どんな印象がありましたか?
竹村
私、寝癖がついてしまいがちなんですが、「つばさくん」ってあだ名がついて。(※漫画「キャプテン翼」の髪型から)前から見てOKと思うのに、後ろに寝癖があった!とか。ちゃんとした会社だとダメなことだと思うんですが、知夫ではみんなにいじってもらってました。色んなことが許されて、いいふうに解釈してもらってたなぁと感じます。
宮野
知夫だと一人ひとりのキャラクターがよく見えるから、その人たちの個性を楽しんでいる感じがあるよね。
竹村
そこに味を占めてしまったところもあるんですけど(笑)
朝会った時に、まず私の髪型から会話が始まるんです。今日は落ち着いてるね、今日はすごいね、とか。実は昨日こういうことがあって、と会話が始まったりする。いい悪いじゃなくて、その人はこういう人だよねと受け止めてもらえる感じがとてもありますね。
ーいじられるのは嫌じゃなかった?
竹村
私は人見知りではないけどそんなに社交性が高くなくて、打ち解けるのに時間がかかるから、ありがたいなと感じてました。雑談があんまり上手にできないから、きっかけを作ってもらったなという感じがしますね。
ー地元の人は雑談がとてもうまいよね。あれは何故なんだろう。
竹村
冗談がすごく高度なんですよね。誰も傷つけないし、いじりが入っている。
自分の小学生恩師と一緒に働くとかって、なかなかない事。仕事していてもいまだに保育園とか小学生の感覚で見ている感じもありそう。
ー宮野さんの知夫愛はどんなところにある?
宮野
僕自身はこれから知夫の教育魅力化を始めるという「立ち上げ」に関わらせてもらった感謝が大きい。知夫もこれからチャレンジするところに、すごい大変だけど仲間の一員として入らせてもらえた。色んな人に助けてもらえたし、愛着がどんどん湧いてきたっていうのはありますね。
あと、好きなところは総力戦の感じ。
例えば体育祭するぞってなったら、みんなで周知して実施してみんなで片付ける。企画者と参加者があんまり分かれてない。総力戦でやる。
竹村
気働きもすごいなと感じる。私自身は生活が苦手なところがあるけど、基本みんなが色んなことやろうかと声をかけてくれるし、自然と動いてる。
知夫の人から学んで、すごく尊敬するところ。すっと配慮して動いていかれる。細かい気配りがすごい。
宮野
一度校長先生が校庭の空いてる場所で畑やりたいと呟いていて、それを聞いた教育委員会の人が役場に連絡して、産業建設課の人が横で重機取り出してガシャンガシャンといきなり畑作り始めたりする。すげぇなと思ったね。(笑)
ーなぜそうやって動けるんだろう。
竹村
全く知らない他人みたいな人がいないっていうのもあるんですかね。
「自分」の範囲が広い感じがする。知っているからよくしたいもあるし、知っているからよくしなくちゃの両方ある気がします。
宮野
島の人は家族、友達、親戚、知り合い、以上。ご年配の人も含めみんな知ってるからね。海士町とか西ノ島規模だと知らない人もいるかもしれないけど、知夫は600人しかいないし、みんな大体顔見知り。
宮野
動きの早いところも好きだな。学校だと規模も小さいし、こうやろうと決まったらすぐ実装しちゃう早さがある。さっきの畑の話みたいに。
一方で、知り合いが多いから、誰が何を大事にしているのかをみんなが知ってる。丁寧に進めないといけない場面もあるね。
知夫にしかないもの
竹村
うまく言えないけど、知夫は知夫にしかない雰囲気や香りがあるよねと言われるんですよ。そこが自分の愛着でもあるし、「知夫プライド」があるなと思う。
—宮野さんは海士と知夫両方住んで感じることはある?
宮野
全然違うと思う。なんだろうね。海士と西ノ島とも時間の流れ方も違うし、すごくゆったりしているのを感じる。
…なんかね、生命力がありそうって俺はずっと思ってて。何か災害とか危機が訪れたとしても、生き残りそう。
竹村
わかるわかる!大変なことがあってもあたふたしなさそう。どっしりとも違うんだけど。色んなことが自然体。集まるのも目的があるから集まるというより、集まったら何かできた、という感じ。無理してない。
ー無理してやる気を見せたりしないのかな。
竹村
感情でエネルギーが出ている感じがする。頑張ろう!というより、「俺はこうしたい」とか。
宮野
知夫の中で目立つ人、キーマンはそういう人のイメージがあるね。
竹村
気遣いはすごくしているけれど、同調しようというのはあんまりない感じがします。声をあげる人がいるという事実をそのまんま受け止める。色んなことを「そういうもの」と受け止める感じ。だから「知夫で働くならこうあるべき」とかそういうことは全然ないですね。みんなの個性がよく見えるから、色んな人がいるな感がより強くある気がします。
宮野
うん、暮らしで出会う人と仕事で出会う人がすごい重なっているよね。
知夫での人との付き合いかた
竹村
1年目はハウスマスターとして入ったというのもあって地域に溶け込まないとなと思っていたけど、今は無理に暮らしを頑張るとかをやめて、すごく小さい村だけどいい感じの距離を掴めるようになってきましたね。
近づきたい時は近づけるし、離れたい時は離れられるみたいな。会ったらみんなすごい優しいし。
地域に行事に出ていたりもするけど、そんなに沢山行事があるわけでも無いので。来る前はもっと出てこいよって言われるのかなと思っていたけど、無理して出てこなくてもいいのよと優しくおっしゃる。出ていくとえらいねぇ〜とすごく喜ばれる。
この5年で移住者もだいぶ入れ替わったり、増えてきているのも大きいのかもしれないです。ここ数年で単身用のアパートもどんどん出来たりして。地元の方も慣れていったのかも。
1・2年目は村の本流に入っていくような感じだったけど、今は移住者のコミュニティのラインみたいなものもあるから、そっちにも入っていける。移住者にとっては苦労なく入れていいなと思いつつ、少し寂しい気もしている。地元の方も移住者に気を使ってくれているのかなぁ。
ー600人の村に移住するってなると、地域の人とうまくやっていけるかなとか心配になると思うんだよね。
竹村
繋がりが多いに越したことはないけれど、仕事に活かそうという感覚で関わるのも失礼だなという気もする。関わりたい人やお世話になっている人とは付き合いつつ、それ以上は自分の範囲で付き合っていけばいいんじゃないかな。
宮野
僕の時はゴリゴリ本流に入っていくしかなかった。
ーどういうこと?
宮野
知らない人だったら経験とか能力とかに注目がいくけど、そんなことはどうでもよくて。そんなことよりも人間としてどんなやつなんだとかが大事で。
挨拶はできるか、ゴミの捨て方大丈夫かとか、ちゃんとできてはじめて仕事ができる。一緒にできる。ベースとして人としてどうかが重要だったから、いかに汗をかけるかとか、一生懸命になれるかがよっぽど大事。その上で出来ることを頑張ろうっていう順番だったかなと思う。当時はね。それが自分には学びだったな。
ー知夫に行ってすぐそれを掴めた?
宮野
できたかは分からないけど、元々好きなタイプだったとは思う。汗かくの好きだし。笑動いてると動きたくなるし、みんなで「お疲れしたっ!」って分かち合いたいし。
竹村
ちょうど宮野さんの時は過渡期でしたね。今は大人の島留学もあるし、人が島外に出て行ったとしても「次誰来るの?」みたいな感じにもなってる。
私は本流の空気を少しでも吸えたはよかったなと思います。これから来る人たちに強要するつもりはないけれど、そういう積み重ねで今があることは知ってもらえたらな〜と思います。
宮野
勝手に背負っていたところもあるなと感じる。道歩いてて前の方からおじいちゃんがきたら、「挨拶しなきゃ」と感じる。もし目があった時に挨拶できなかったら、自分の印象が悪かったら、もう二度とコーディネーターを知夫に入れられないというプレッシャーはあったな。思う必要はあったかは分からないけど。
知夫は、愛
竹村
知夫って一言で表すと「愛」なんですよね。
ー最初の寝癖の話にも繋がるね(笑)
宮野
人たらしだし、そういうねばねばしてる感じ。人と人との関係も濃い。
竹村
…知夫で働いて良かったなと思うのは、泥臭く働くみたいな経験ができたことですね。理屈じゃなくて、論理より感情が先に来るとか。
スマートじゃないと思う、本当に。でもスマートにやったらあんまり応援されないというか。スマートにいいことやることは求められてない感じがしますね。みんなでやってよかったね、って言ってもらえることは、泥臭くやったことな気がする。
こんな時間かけなくてもいいっていうことに時間かけたり。こんなに人いらないっていうところに人が沢山いたりとか。必要なところに必要な人だけいますっていうのはなんか愛がない感じがする。
フェーズも変わってきているし、スマートにやらないといけないことも出てきたとは思うけど、いい意味で知夫らしさを残して続いていくのが次の段階かなと思う。
ようやく、責任感とか危機感を背負ってやるというより、気負いなく一緒に楽しみながらやる段階にきたのかなという気がするので、次のタイミングではいるコーディネーターはもうちょっと軽やかに楽しくやってもらえたらいいな。
知夫の学校
ー知夫の学校って、どんな感じなんですか?
宮野
学校は、小さいからこそ子供たちのことをみんなが知ってる。小一から中三までみんな一緒にいるから、見守る先生や保護者も全員知っていて、楽しく関わってるあったかいアットホームな感じがすごくある。そういうのがいいなと思うし、残って欲しいなって思う。
駅伝があって、知夫は人数が少ないから男女混成チームで出るんだけど、結構優勝したりする。テニスの総体も割といいところまで行く。
竹村
球打ってる数が違うんですよ、人数が少ないから。笑
宮野
学校の職員室だと、リアルタイムで遠征の情報を聞いて「勝ったよ!!」と燃えてるし、保護者も見に行ってすごく熱心に応援してる。
そういう他流試合みたいな機会って、アイデンティティも出るし、児童生徒のモチベーションを出す大事な機会にもなってる。
コロナの時、縄跳び大会を海士町の福井小と遠隔で繋いでやって、「絶対負けるな!」とか周りが言って、ほとんどの種目で圧勝した。他流試合はすごく盛り上がるし、ふだん出来ないからすごくいい機会だなと思う。他流試合は知夫だけじゃ出来ないから三町村で連携して一緒にやりましょうよ、ともっとなっていくといいな。
アイデンティティを感じる機会にもなるし、競い合う刺激にもなるし、いつもは3人だけど10人だ!とか。知夫だけではできないことが、三町村が連携すると、もっとできることが増えていくし面白くなる。
竹村
知夫の部活の応援はすごく激しいですよね。
我が子以外の頑張りにめっちゃ涙していたりする。
宮野
知夫のそういう「エモさ」も残しながらも、島前三町村で一緒にできることが増えたらいいね。
知夫での日々が人生に与えてくれたこと
ー知夫で過ごした時間は二人の人生にとってどういう影響があったと思う?
竹村
そうですね…「泥臭感」というか。もしここの生活がなかったら、無駄なことは切り捨てちゃう風になってたかもしれない。ここだと切り捨てられないことも沢山あるし。
自分の人生でいろんな物事を見るときに、判断の仕方が、なんていうか今までの価値観と違うなっていう気はする。
ーふみちゃんにとってそれは良いこと?
竹村
そうですね。愛情深い人って素敵だなと思うんですよね。教わるものでもないけれど、みんな周りの人をこうやって大事にしてるんだなと思うと、真似したいなと思います。なんだろう、自分自身の冷たい部分に、そうじゃない温かいところが加わった感覚があります。それがない人生だったら嫌かもなと思いますね。
宮野
知夫を出る時に思ったのは、死んだ時に絶対思い出すなと思った。走馬灯に出てくるなって。
今は海士町に住んでいるけれど、不思議なんだけど、海士町民とはあまり言いたくない感じがする。それより「島前町村民」と言いたい。住んでいる地区に対する愛はあるけれど、知夫に住んだからこそ、そう思うようになったなと思います。
西ノ島にはまだ住んでないんだけど。笑
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温かくて味わい深い知夫の魅力、伝わったでしょうか。
効率性、合理性が求められがちな現代の中で、昔ながらの人との繋がりのあたたかさが色濃く残る知夫。お二人の話を聞きながら、知夫での暮らしは、建前や肩書きじゃない人の心のいちばん奥深くを揺さぶったり温めるものなのだなぁと感じましたし、そんな経験をした二人を羨ましく思いました。